海面すれすれを、正体不明の白い物体が猛烈な速度で飛び去っていく――。米海軍の赤外線映像「Go Fast」は、短い映像でありながら、UAPをめぐる議論を象徴する資料の一つになりました。戦闘機の乗員が驚きの声を上げる一方、画面に映る数値を使って飛行経路を再計算すると、映像から受ける第一印象とは異なる姿が見えてきます。
この記事では、米国防総省の全領域異常解決局(AARO)が公表した26ページの分析資料をもとに、GoFast事件で確認できる事実、計算の方法、残された不確実性を整理します。結論だけを先に言えば、AAROは物体そのものを特定できていません。しかし、物体が異常または例外的な飛行性能を示した可能性については、高い確信度で否定しています。
GoFast映像には何が記録されていたのか
事件は2015年1月、フロリダ州東海岸沖の大西洋上空で起きました。米海軍のF/A-18Fが、機体に搭載した前方監視赤外線装置(FLIR)で丸みを帯びた物体を追跡しました。公開映像は約34秒。画面中央に捕捉された物体は背景の海面を横切り、非常に速く移動しているように見えます。この映像は2020年に米国防総省が正式公開し、その後AAROが高度、速度、進行方向を詳しく再分析しました。

「海面近くを高速飛行」は映像上の印象だった
映像を一見すると、物体は海面に近い位置を飛んでいるように感じられます。しかしAAROの計算では、物体の高度は海抜約13,000フィート、約3,962メートルでした。これは旅客機の巡航高度より低いものの、決して海面すれすれではありません。高度の推定にはセンサーの俯角と目標までの距離が使われ、F/A-18Fの絶対位置や風向に依存しないため、AAROはこの結果に高い確信を示しています。
AAROが選んだ「13秒間」の解析区間
AAROは映像全体のうち、表示時刻4239秒から4252秒までの13秒間を中心に分析しました。この区間では、戦闘機の高度、速度、バンク角がほぼ一定で、変数を抑えて位置関係を計算できるからです。開始時点で目標までの距離は4.0海里、終了時点では3.4海里。センサー方位角は49度から57度、俯角はマイナス29度からマイナス35度へ変化していました。
戦闘機は約25,000フィートをマッハ0.61〜0.62で飛び、平均速度は毎秒約190メートルと見積もられました。さらに約14度のバンク角から、機体が直進ではなく緩やかな円弧を描いて旋回していたと推定します。AAROはセンサーから物体へ向かう視線を三次元座標上のベクトルとして表し、方位角、俯角、距離、戦闘機の移動量を組み合わせて、2つの時点における物体の相対位置を求めました。

計算された高度と移動距離
開始時点の物体は約13,219フィート、終了時点では約13,150フィートと算出され、ほぼ水平に進んでいました。2点間の移動距離は約265メートルで、13秒間の平均速度は時速約45.6マイルです。全フレームから連続的な軌跡を推定する別計算では、移動距離約226メートル、時速約38.9マイルとなりました。両者には差がありますが、いずれも映像から感じる極端な高速とは大きく異なります。
なぜ猛烈な速度に見えたのか
鍵になるのが「運動視差」です。高速で移動する観測者から景色を見ると、近くの対象は遠くの背景に対して速く流れて見えます。車窓から外を見たとき、遠くの山はほとんど動かないのに、道路脇の標識だけが一瞬で後方へ飛び去る現象と同じです。GoFast映像ではF/A-18Fが高速飛行し、カメラが物体を追跡しているため、背景の海面が大きく流れ、物体自体が猛烈な速度で飛んでいるような印象が生まれます。
しかも、物体が当初想定された海面付近ではなく約13,000フィートにあったなら、映像上の見かけの移動量をそのまま実速度として読むことはできません。AAROは、物体の見かけの高速移動は運動視差によって説明できると判断しました。これは「映像が偽物」という意味ではありません。映像は実在する対象を記録していますが、人間が映像から直感的に受け取る速度感が、実際の速度と一致しないということです。

風を加えると速度評価はどう変わるか
速度計算を難しくしたのが上空の強風です。AAROは事件時刻と場所に近い過去の気象データを参照しました。物体の高度である13,000フィート付近では西から時速約69マイル、F/A-18Fの高度である25,000フィート付近では西南西から時速約116マイルの風が吹いていたとされます。ただし、映像には戦闘機の正確な方位が残っていないため、AAROは風向に対する機体の向きを0度から360度まで変え、1度刻みで可能性を計算しました。
風の影響を除いた速度は時速5〜92マイル
物体の地上に対する移動には、風に流される分と、物体そのものが風に対して移動する分が含まれます。AAROが風の寄与を差し引いた「固有速度」は、想定条件によって時速約5〜92マイルでした。向かい風の条件では風より時速約5マイル速く、左からの横風では約59マイル、追い風では約92マイル、右からの横風では約62マイルです。どのシミュレーションでも物体が風に逆らって進む結果にはならず、風向からのずれは最大約32度でした。
この幅が大きいのは、物体の挙動が不安定だったからではなく、戦闘機の正確な方位が不明だからです。AAROは単一の速度を断定する代わりに、成立し得る条件をすべて計算して上下限を示しました。少なくとも、その範囲には瞬間的な超加速、音速を超える飛行、急激な方向転換といった異常性能は現れていません。
分析資料が認めている限界
この分析は万能ではありません。AAROが利用できたのは公開済みの圧縮WMV映像で、元の映像ファイルと付随メタデータは残っていませんでした。戦闘機の緯度・経度、正確な機首方位、完全な大気情報も不足しています。センサー画面の数値は多くが整数表示で、計算精度には限界があります。AAROはF/A-18F乗員の証言取得も試みましたが、入手できなかったと追記しています。
そのため、AAROは物体の絶対位置、厳密な速度、正確な進行方向を一つの値として確定していません。物体の大きさも決定できず、協力機関による画素分析が「1メートル以下の可能性」を示したにとどまります。ここは重要な点です。異常性能が認められないことと、物体の正体が判明したことは同じではありません。
AAROの結論――未特定だが異常性能はない
AAROの最終評価は二段階です。第一に、映像に写った物体を決定的に特定することはできませんでした。鳥、気球、航空機など、特定の候補を確定したわけではありません。第二に、可能な風向と飛行経路を広く検討した結果、この物体が異常または例外的な挙動を示さなかったことには高い確信を置いています。物体が風とほぼ同じ方向・速度で移動する条件もあり、映像上の高速感は運動視差で説明できます。
GoFast事件の価値は、派手な結論よりも、短い映像をどこまで検証できるかを示した点にあります。「正体不明」という言葉だけを切り取れば謎は深まりますが、「異常な飛行性能が確認された」とまでは言えません。一方で、元データや証言が失われている以上、正体について断定することもできません。未特定という事実と、性能分析の結果を分けて読むことが、この事件を理解するうえで最も重要です。
公式資料
- AARO「GoFast Case Resolution」公式PDF(26ページ)
- DVIDS「GoFast UAP」公式動画ページ
- 事件ID:US-AARO-GOFAST-2015
- 資料区分:UNCLASSIFIED(非機密)
本記事はAARO公式資料の要約です。逐語訳ではなく、数値、否定表現、分析上の制約を原文と照合して再構成しています。最終的な確認には上記の公式原文をご参照ください。
